明日は世界だ!

新版『トゥモロー・ザ・ワールド』アフターアクションレポート (28号)


 歴史のifの一筋をさかのぼっていくと、19世紀末に刊行されたH・G・ウェルズの『タイム・マシン』にたどりつく。この小説は後生の作家に非常に大きな影響を与え、現在では「多世界解釈」理論を中心とした現代物理学の複雑精緻化によって、1つのサブ・ジャンルを作り上げている。
 彼は『陸の甲鉄艦』という短編で戦車の出現を予言していたし、長編『解放された世界』でも核兵器が登場する。文明批評家としての一面も併せ持ち、第一次世界大戦勃発直後は、この戦争を「戦争を根絶するための戦争」と語って是認していたこともある。

 そして、タイ・ボンバの手による、もう一つの1948年の世界は、第二次世界大戦で枢軸側が勝利し、ゲルマン人と日本人がそれぞれの新世界秩序を構築している。そのストーリーについては、本誌27号『「エチオピアの虎」作戦』において松代守弘氏が触れており、より詳細なヒストリカル・ノートが本誌創刊号に収められている。

■XTR仮想戦史の世界

「Mississippi Banzai−ミシシッピ万歳」
 北米のセント・ルイス周辺で繰り広げられる日本軍の攻勢作戦を扱ったゲーム。日本軍はシカゴから東海岸まで到達して、ボストンとワシントンの占領を目指す。日本軍が三方面で同時に攻勢に出る「八絋一宇」作戦の一つ。

「Black Gold(Texas Tea)−ブラック・ゴールド」
 ペルシアから中東の油田地帯を突破し、スエズ運河の奪取を狙う日本軍の「ブラック・ゴールド(石油)」作戦を扱ったゲーム。日本軍が三方面で同時に攻勢に出る「八絋一宇」作戦の一つ。

「Tiger of Ethiopia−エチオピアの虎」
 「ブラック・ゴールド」作戦と呼応して、イタリア領東アフリカに上陸した日本軍がスエズ運河に攻めのぼる「エチオピアの虎」作戦を扱ったゲーム。これも日本軍が三方面で同時に攻勢に出る「八絋一宇」作戦の一つで、本誌27号『Lion of Ethiopia(邦題『エチオピアのライオン』)』のヴァリアント・シナリオとして収められている。本誌27号『「エチオピアの虎」作戦』参照。

「Tigers of China−支那の虎」
 日本軍の「ブラック・ゴールド」作戦を阻止したドイツ軍が、メソポタミアの大油田地帯を日本軍機の爆撃から守るため、中国の日本軍航空基地の覆滅を目指す作戦を扱ったゲーム。本誌創刊号『When Tigers Fight』のヴァリアント・シナリオとして収められている。

「Triumph of the Will−意志の勝利」作戦
 ドイツ軍の日本本土上陸作戦を扱ったゲーム。第三次世界大戦開戦直後、パナマから進発したドイツ軍の30個師団が本州に上陸するというもの。本誌3号『Sumrai Sanset(邦題『大日本帝国の終焉』)』のヴァリアント・シナリオとして収められている。

 


両軍の部隊編成
 今回紹介する『TOMORROW THE WORLD(TTW)』は、その架空世界の第三次世界大戦を全世界規模で扱った戦略級シミュレーションゲームである。その世界観には、米国で絶大な人気を誇る『<アドテクノス>レッドサン・ブラッククロス』が少なからぬ影響を与えていると言われている。
 ポイント・トゥ・ポイント・システムは重要拠点をドットで表し、それらを線(交通網)で結んだエリア・システムの一種で、ヘクス特有の不条理な地勢学的矛盾を解決している。
 1ターンを3ヶ月(春夏秋冬)、全世界を7種類の地形に分類し、夏ターンには東南アジア地域におけるモンスーンや砂漠の猛暑、冬ターンは極北(ツンドラ気候)地域やヒマラヤ、チベットにおける高標高の気候などが特別な影響を及ぼす。特に山岳地帯では、日本軍歩兵部隊が自由に活動できるのに対し、ドイツ軍はわずかな山岳歩兵部隊しか活動できない。ヨーロッパ、アフリカの砂漠やステップ、北米大陸の大平原で戦ってきたドイツ軍の編成の中心はもちろん機械化部隊であり、ヒマラヤ山脈、チベット高原、ロッキー山脈、アンデス山脈といった世界の屋根が大きな障壁になることは簡単に予想できる。
 ユニットを見てもプレイアビリティを考慮した簡素化がはかられ、地上ユニットは軍単位、航空ユニットは1000〜2500機の航空軍、艦船ユニットは艦隊単位でまとめられている。
 ここはif世界のおもしろいところで、両軍のユニットを見ていくと驚くことばかりである。
 日本軍は70個以上の歩兵軍を擁し、さらに5個機甲軍、4個機械化歩兵軍を編成している。これらの機械化部隊は、対ソ戦時にシベリヤで接収した戦車工場で生産されたT-43(旧ソ連軍のT-34に三菱製エンジンを換装した戦車。実際はさらに細かな改良が加えられているだろう)を装備している。
 自動車化された帝国近衛ロケット砲軍団もあり、3W社から発売されていたTTW初版のユニットにはカチューシャのシルエットが印刷されていた。
 親日連合軍部隊の中には、ナチスの迫害で土地を追われ、日本の援助の下でシベリアに植民したユダヤ人で編成されるヘブライ機甲軍というのもあって、彼らの戦車の砲塔には“Next Year in Jerusalem”の白いスローガンが描かれているといったエピソードも用意されている。
 また、強力な第1親衛機甲軍はドイツ軍の装甲軍に凌駕する戦闘力を持っている。
 ドイツ軍にしても、キングタイガー装甲軍団やヘルマン・ゲーリング降下装甲軍(パンテルや88mm対空砲が降ってくるらしい。どうやって降下させるのだろうか?)をはじめ、アメリカ、カナダ、イギリスなどの被征服国人で編成されたSS義勇兵部隊が多数ユニット化されている。
 航空兵力に関しては、戦略爆撃戦術が開発されないまま第二次世界大戦が終結したという設定で、両軍の航空部隊はもっぱら制空戦闘と近接航空支援に運用される。
 艦船ユニットは戦艦隊、空母艦隊、潜水艦隊、輸送船団の4種に分けられている。
 7個ある日本軍空母艦隊ユニットを見てみると、推測の限りでは1CFは赤城、加賀、最強の2CFは飛龍、蒼龍、3CFは瑞鶴、翔鶴を擁する機動部隊だろうか。4CF以降は戦闘力の低い量産型空母のようなので雲竜型と思われる(信濃は戦艦になっているだろう)。
 ドイツ軍にも、4個の機動部隊ユニットが用意されている。うち2つは瑞鶴級と同じレーティングのところを見ると、どうやら米海軍(大西洋艦隊)から接収した空母群ではないだろうか。
 この他、両国の海軍は強力なミサイルを装備して圧倒的な対艦攻撃力を有する新鋭戦艦を配備している。さらに、日本海軍の戦艦は絶大な対空防御力を持っている(VT信管を付けた三式弾か!?)。
 COMMAND MAGAZINE版(第2版)のTTWでは、ユニットのレーティングが全面的に改訂(全てのユニットの戦闘力が全面的にアップしている)されており、より激しい消耗戦が繰り広げられるようになっている。

※今回のプレイングでは、テッド・S・レイサーが“Web-Grognards:the site for wargames on the web<http://grognard.com/>”で発表しているセットアップの選択ルールを採用しています。

セットアップの制限(選択ルール)
 以下の日独双方の連合国ユニットは指定された地域、もしくはブロックにセットアップしなければなりません。

日本軍
Amer-Indian, American, Nisei: Japanese America
Australian NewZealand: Australia
Andean, Brazilian: Greater South American Co-Prosperity Sphere
Chinese, Mongolian: Meng Chieng
Canadian: Japanese Canada
Free India: India
Indonesian: Sumatra or Java
Korean: Korea (block 1520)
Manchukuan: Empire of the Manchukuans
Mexican: Mexico
Philippine: Philippines
Siamese: Siamese Empire

ドイツ軍
Army of Norway, Nordland: Nordland
Arab, Panzer Army Africa: The Caliphate
Argentine: German Patagonia
Amerika, Ku Klux Klan: German America
Britain: Saxonia
Bulgarian, Croatian: Magna Italia or Greater Germany
1Cavarly, 2Cavarly: Tartaria and/or Ukraine
Canadian: German Canada
Charlemagne: France
Finnish: Finnish Reich
Feldherrnhalle: Greater Germany
Hungarian: Hungary
Italian: All but 3 Italian units within Magna Italia
Netherlands: block 1312
Ostland: Ostmarck
Romanian: Romania
South African: German South Africa
Spanish: Spain or Spanish Africa
Turkish: Turkey
Vichy French: France or French Africa

艦船ユニットのセットアップ
 全ての艦船ユニットは自軍が支配している港湾からゲームを開始しなければなりません。スタック制限は常に適用されます。ヴィシーフランス艦隊(VFCF)とイタリア艦隊(It.CF)は同じ港湾にセットアップできません。

日本軍港のスタック制限の緩和
 トラック島とハワイ諸島において、日本軍艦船ユニット(のみ)は6個までスタックできます。ただし、ドイツ軍はトラック島とハワイ諸島を支配したとしても、マップに記載されている通り1個のユニットしかスタックできません。

海上補給線と艦船ユニットの存在
 海上補給線は、敵艦船ユニットが存在する海ブロックを通って設定できません。この場合の「敵艦船ユニットが存在する海ブロック」とは、敵の輸送艦隊ユニット以外の艦船ユニットが存在しているが、海上補給線を設定する側の輸送艦隊以外の艦船ユニットが存在していない海ブロックのことを指します。また、海上補給線の設定に関しては、敵艦船ユニットの数は関係なく、両軍の輸送艦隊ユニット以外の艦船ユニットがどちらも存在していない海ブロックには、両軍共に海上補給線を設定できます。

艦船ユニットによるインターセプト
 移動中の敵艦船ユニット/スタックをインターセプトするためには、インターセプトを試みる海ブロックを指定しなければなりません。以下の場合、インターセプトは自動的に成功します。

・移動中の敵艦船ユニット/スタックに輸送艦隊ユニットが含まれている。
・移動中の敵艦船ユニット/スタックが海峡を通過中である。
・インターセプトを試みる海ブロックの制空権を自軍航空ユニットが獲得している。

 これ以外の場合は、サイコロを1個振って下さい。インターセプトを試みるユニット/スタックに機動部隊(CF)ユニットが含まれていれば1ユニット毎に+1、インターセプトを試みる海ブロックに自軍が支配している赤、白、黄、緑のいずれかのドット(港湾の有無は関係なし)が含まれていれば+1(夏ターンにモンスーンの影響を受けているドットはこの修正を適用できません)します。修正後のサイコロの目が6以上ならばインターセプトは成功、修正後のサイコロの目が5以下ならばインターセプトは失敗です。このようなインターセプトに失敗した艦船ユニット/スタックは、そのターンにそれ以上インターセプトを試みることはできません。

空母の先制攻撃
 1個以上の機動部隊ユニットを含むユニット/スタックが艦対艦戦闘を行う場合、機動部隊ユニットは11.26項と同じ先制攻撃を行うことができます。一方の側だけに機動部隊ユニットが含まれている場合、その機動部隊ユニットは自動的に先制攻撃を行うことができます。例外:艦対艦戦闘が行われるブロックの制空権を獲得している側の機動部隊ユニットは自動的に先制攻撃を行うことができ、たとえ敵側にだけ機動部隊ユニットが含まれていたとしても、先制攻撃されることはありません。
 両軍に機動部隊ユニットが含まれている場合、両軍プレイヤーは1個のサイコロを振って下さい。含まれている機動部隊ユニット毎に+1、戦闘が行われる海ブロックに自軍が支配している赤、白、黄、緑のいずれかのドット(港湾の有無は関係なし)が含まれていれば+1(夏ターンにモンスーンの影響を受けているドットはこの修正を適用できません)します。戦闘が行われる海ブロックに赤、白、黄、緑のいずれかのドットが複数存在していたとしても、適用できる修正は+1だけです。修正後のサイコロの目を比較して、大きい目を出した側の機動部隊ユニットが先制攻撃を行えます。修正後のサイコロの目が同じ場合は、どちらの側の機動部隊ユニットも先制攻撃を行えません。
 機動部隊ユニットの先制攻撃は、第1戦闘ラウンドに11.26項の潜水艦ユニットによる先制攻撃と同じ形で解決されます。先に機動部隊ユニットの攻撃を解決して、その戦闘結果を直ちに適用してから、その他のユニットの攻撃を通常通り解決して下さい。機動部隊ユニットの先制攻撃も潜水艦ユニットの場合と同じように、第1戦闘ラウンドにのみ行うことかできます。

意志の勝利/ライジング・サン(改定された勝利条件)
 4.1項による石油精製施設の喪失による勝利条件と4.2項のショートゲームの勝利条件に加えて、両軍プレイヤーは圧倒的な優位を敵プレイヤーに誇示することで勝利することができます。自軍プレイヤーターンの再編成フェイズに自国のIPPの合計が敵国のそれの2倍以上(7.4〜7.9項を考慮して下さい)であった場合、この勝利条件を満たしたことになり、勝利することができます。

 

 

■ターン・シークエンス

相互フェイズ
反乱フェイズ
核戦争フェイズ
制空権決定フェイズ

第1プレイヤーターン
生産フェイズ
移動→戦闘、または戦闘→移動
戦闘→移動、または移動→戦闘
補給確認フェイズ

第2プレイヤーターン
生産フェイズ
移動→戦闘、または戦闘→移動
戦闘→移動、または移動→戦闘
補給確認フェイズ

 


■ゲーム・システム
 ターン・シークエンスは非常に単純なものだが、機械化ユニットにのみオーバーラン(Mobile Assault)が認められているため、ドイツ軍は戦術/作戦レベルで非常に優位に立っている。さらに、全てのユニットが敵ユニットの移動途中に隣接ドットからインターセプト攻撃(Intercept Assault)できる柔軟なルール・システムを採用している。
 戦闘もファイヤー・パワー・システムとラウンド制が採り入れられ、際限なき未曾有の消耗戦の再現をはかっている。攻撃側ユニットは防御側ユニットの1つを事前に指定して、10面体サイコロを1個振って攻撃力(防御力)以下の目を出せば、防御側ユニットに“ヒット(ステップロス)”する。たった一振りで10万人以上の人命が簡単に失われていくわけだが、世界を二分する両国の人的資源は無限なのだろうか。
 通常攻撃(Prepared Assault)では、第2ラウンドから隣接ドットに存在する部隊を予備として投入できるようになっているので、エキサイティングなバトルが約束されている。
 カミカゼ攻撃やバンザイ突撃もルール化されているので、有事の際は日本軍の狂信的な攻撃にドイツ軍は恐れおののくことだろう。
 こうして見ていくと、TTWは強烈なブラック・ユーモアを含んだキャラクター・ゲームであることが次第におわかりいただけるだろうか。しかし、システム面を見ても、後方予備やシーレーンの重要性、大陸単位の戦力配分に必要な戦略眼など、ウォーゲームとして十分すぎるほどの資質も備えている。

 戦略級特有の生産に関するルールは、両国の特徴をよく捉えている。
 ドイツの生産拠点は欧州と北米大西洋岸地域を中心に40ヶ所(計63IPP)、日本は本土と朝鮮半島、中国の17ヶ所(計62IPP)に集中している。軍需物資のほとんどを海外に依存している日本は、北米、南米、アフリカ、ユーラシアの各大陸から駆逐されると国内の工業力ポイント(IPP)生産力が大きく減少する仕組みになっている。 
 そして、この(IPP)を消費して各種ユニットを“生産”するわけだが、これらのIPPを十分に活用するためには石油が必要であることが規定されている。ドイツ軍は中東(バグダッド、クウェート)とコーカサス(マイコプ、バクー)に2つずつ、そしてルーマニアに、日本はインドネシアに2つ(スマトラ島)とシベリア、北米(ダラス、オクラホマ)といった具合に両国共に5つずつの油田地帯を支配している。IPPを100%用いるには5つの油田が必要であり、1つ足りない毎にIPPの生産量は20%ずつ減少する。
 もちろん、これらの油田地帯はそれぞれの本国と連絡していなければならないので、海洋国家の日本はスマトラ島、北米太平洋岸からの海上交通路の確保が戦争遂行上、最重要課題となる。


■大戦前夜
 ドイツの暗号解読機<ボンベU>は、日本軍の活発な無線活動を傍受していた。
 日清、日露戦争に勝利した日本は第一次世界大戦中の産業投資に成功し、すばらしい経済発展を遂げていた。しかし、この背景には戦争と帝国主義が存在し、彼らは常に新しい市場を必要としていた。日本の軍部主導による歪んだ経済構造は、永遠の拡張路線を歩み続けなければならなかったのだ。
 ドイツ軍は、大日本帝国統合参謀本部(IGHQ)が大規模な攻勢作戦を同時に三方面で行う「八絋一宇」作戦を、準備が始まった段階で知り得ていた。山下奉文大将麾下のアフリカ遠征軍(IJAEF)には第1機甲軍をはじめとした12個軍、インドに駐屯する南西アジア遠征軍(ISWAEF)には18個軍、北米総軍には大機甲部隊を含んだ25個軍が配備されている。
 一方のドイツ軍といえば、装甲兵力こそ充実しているものの歩兵戦力は日本軍の半数以下であった。もちろん、盟友ムッソリーニも17個軍を持つが、近代化が遅れた装備と編成、兵卒の低い士気を鑑みると、戦力としてはあまり期待できるものではなかった。
 ヒトラーは日本軍のこの不穏な動きを全て察知していたが、彼が得意とする「政治的」、または「戦争経済的」配慮からか、北米に部隊を送り込んだだけで積極的な行動を起こすことはなかった(攻撃していれば、間違いなく日本軍に大打撃を与えていただろうに……)。
 ドイツ陸軍の最重要任務は中東の油田と北米の産業施設の防衛、海軍は欧州と北米を結ぶ北大西洋の海上交通路の確保である。すなわち、これらがヒトラーの軍隊の生命線なのだ。
 このため、ドイツ海軍はイギリス本土〜グリーンランド〜北米西岸、スペイン領アフリカ西岸(カポ・ベルデ諸島)〜独領南米東岸に強力なシーレーンを構築していた(TTW初版ではグリーンランドやカポ・ベルデ諸島にドットはなかったが、第2版で増えている)。日本軍は北極海回り、喜望峰回りの2つのルートで侵攻してくる可能性がある。ドイツ本土や北米西岸の都市が日本軍の上陸作戦計画の目標の一つになっていることは間違いなかった。


もう一つの1948年11月1日(第1ターン)
 この年の秋、ミズーリ州北部は雨が極端に少なく、数十年ぶりに最少降雨量の記録を更新していた。そのため、普段は豊かな水量を誇るミシシッピ河もすっかり水位を下げていた。日本軍兵士を満載したT-43の渡河作戦は、思いの外順調に進んだ。こうして、第三次世界大戦の火蓋は切られたのだった。
 日本軍は1904年、41年の幕開けを奇襲で飾った。そして、彼らは再び同じことを繰り返そうとした。しかし、ゲルマン人はスラブ人よりもアメリカ人よりも賢明で狡猾だった。
 日本軍が国境の緩衝地帯を突破したという報告を受けたマンシュタイン元帥の表情に、驚いた様子は全く見られなかった。
 ヒトラーが数週間前に送り込んだ部隊のおかげで、北米における日本軍の奇襲効果はなくなっていた。しかし、日本軍機甲部隊はセント・ルイスをやすやすと突破し、見よう見まねの日本流電撃戦で次々と作戦目標を制圧していった。
 しかも、カポ・ベルデ諸島沖の海戦でドイツ艦隊は撤退を余儀なくされ、シーレーンは崩壊、アフリカ大陸有数の良港マプート、ベイラを進発した日本軍の海軍特別陸戦隊(SNLF)を含む4個軍がフロリダ州デイトナビーチに強襲上陸した。
 背後を突かれた形となった北米のドイツ軍は、開戦数ヶ月で7個軍と南部地域のほとんどを喪失してしまった。

 日本軍は同時に多方面で攻勢に出ることによって、質で勝るドイツ軍に対抗しようとしていた。
 「ブラック・ゴールド」作戦と「エチオピアの虎」作戦も同時に発動され、北米戦線のような派手さはないものの順調な進撃を見せた。
 日本軍はさらに、ボンベイから南アフリカ西岸のリューデリッツ(現ナミビア領)に2個軍を上陸させ、アフリカ唯一の工業地帯ケープタウン、ヨハネスバーグを挟撃する作戦を成功させた。
 日本軍の奇襲作戦は全体的に大成功を収めたように見えたが、しかしそれは一時的なものでしかなかった。


悪魔の兵器(第2ターン)
 それはよく晴れた午後だった。日本軍のレーダーがシカゴ方面から飛来する3発のミサイルを探知した。数機の迎撃機がスクランブルをかけ天空を駆け抜けていったが、彼らはそれきり帰ってこなかった。
 数分後、日本軍の北米攻勢の主力が展開する上空でドイツ製のV-3ミサイルが突然光った。巨大な轟音と激しい爆風を伴った大量の核エネルギーが、そこにあった数十万の日本軍兵士の命と数千輌のT-43、そして草木に至る全てのものを焼き尽くした。
 同じ頃、ダラス、オクラホマの石油精製工場地帯も壊滅し、大きな火の手を上げていた(TTW初版では航空機による防衛−インターセプト攻撃−が可能だったが、第2版ではそれはできなくなった)。
 第三次世界大戦は、ついに核時代へ突入した。人類破滅のカウントダウンが始まったのだ。
 日本軍も報復として、ペルシアとアフリカのドイツ軍前線部隊、そしてパナマ運河に対し、核攻撃を行った。
 第二次世界大戦時、日本軍は核兵器の開発に大きく遅れをとっていたが、好景気に支えられた軍需産業の目覚ましい発達(そこには中国内戦が大きく関与していた)とナチスドイツから逃れた在米ユダヤ人科学者の協力を得て開戦直前に開発に成功し、すでに量産体制に入っていた。
 日本軍は放射能に汚染されたゲルマン人の屍を踏み分け、バグダッドとクウェートの油田地帯を一気に占領した。日本軍のその進撃ぶりに危機感を抱いたヒトラーは、北米に送るはずだった足の速いSS装甲擲弾兵軍をコーカサスの油田とイスタンブールに差し向けた。
 アフリカの「エチオピアの虎」作戦にも核兵器は投入され、日本軍は大きな進展を見せた。スエズ運河まであと3ドットである。

 主力を失った北米の日本軍は攻勢を維持しようとニューヨーク・シティ、デトロイトなどの重要拠点を次々と陥落させていったが、ヒトラーの時機をはかった増援とマンシュタインの見事なバック・ハンド・ブローによって、日本軍はシカゴでの包囲殲滅戦で大きな損害を出すに至った。この戦いによって、北米大陸における日独の兵力バランスは逆転し、日本軍はイニシアティブを失った。

 また、日独両国はそれぞれ2つの油田を喪失したことによって、国内産業は大きな打撃を受け、IPPが一気に40%も減少している。


スエズ運河占領(第3ターン)
 1949年6月のある日曜日、日本軍の核兵器使用に対する抗議デモ隊が、奉天の街頭で憲兵隊と衝突した。憲兵隊の実弾の発砲にデモ隊の怒りは爆発し、彼らは暴徒と化した。
 暴動は直ちに鎮圧されたが、この事件で日本軍の対中政策のまずさが世界中に露呈されることになった。
 しかし軍部は、今度は北米で再び核兵器の使用に踏み切った。もちろん、先に核兵器を用いたのはドイツなので、国際世論を味方につける大義名分は十分にあると考えていた。
 吹き飛んでさかさまになった砲塔、焼け爛れ燻り続ける砲身。あるパンテルの前面装甲には名もなき兵士の最後の影が浮かび上がっていた。この鉄屑となったドイツ装甲部隊の戦車部隊の中には、世界最強といわれたキングタイガー装甲軍団の姿もあった。

 北米の戦局はいよいよ混迷していた。
 日本軍は国境付近まで後退し、サン・フランシスコに到着した増援部隊を合わせて再編成をはかろうとしていた。しかし、ドイツ軍は<ボンベU>の暗号解読によって、日本軍の意図を掴み、一気にロッキー山脈をメキシコ領から迂回してロサンゼルスを占領した。
 さらに、天候が安定してきた米西海岸の上空では激しい航空戦が展開され、両軍の死者は増すばかりだった。

 東京の帝国参謀本部に山下奉文大将から無線連絡が入った。
 「ワレ、スエズ運河ヲ占領ス」
 アフリカ遠征軍はメソポタミアで独軍の核攻撃に遭遇し、おびただしい数の損害を被っていたが、とうとう地中海を臨んだ。南西アジア遠征軍もシナイ半島まで進出しており、彼らはポートサイドで合流を果たした。
 そう、日本海軍に地中海への門戸を開いたのである。


大ドイツ帝国の危機(第4ターン)
 突如として、モスクワで大規模なナチスに対する反乱が発生した。日本の戦局を有利に見たスラブ人兵士が反旗を翻したのだった。数日に渡って兵舎に立て籠もった彼らに送られたプレゼントは、250mm迫撃砲弾と装甲車の蹂躙だった。謀反の代償は、彼らの命で償われた。
 しかし、後の調査で、この反乱は日本軍工作員の煽動によるものであることが明らかとなった。
 翌日、バグダッドから放たれた核ミサイルは途中で大きく弾道をそれ、カスピ海に墜ちた。日本軍のバクー油田に対する核攻撃は失敗に終わり、思わぬ難題を日本にもたらした。放射能がカスピ海の生態系に及ぼす影響に世論は紛糾し、日本は国際社会で窮地に立たされたのだった。
 一方、ドイツも2発の核爆弾を新たに生産することに成功したが、すぐには用いられなかった。この時、ヒトラーの頭の中には、ある考えが浮かんでいたのである。

 北米大陸では、激しい兵力輸送競争が繰り広げられていた。そして、ドイツ軍の機械化部隊の前には壮大なロッキー山脈が立ちはだかっていた。彼らの米西海岸への進撃路はメキシコ、もしくはカナダからの迂回に限られていた。
 中東では、アラビア半島とアフリカ大陸の間に存在しているマンデブ海峡に対艦ミサイルを向けていた独軍の要塞が陥落した。ウラル山脈を欧州とアジアの境とするならば、この要塞を最後にアジアのドイツ軍は消滅した。
 日本軍はトルコ〜カリファテ国境でドイツ軍と対峙し、黒海と地中海を結ぶボスポラス、ダーダネルス両海峡を狙っていた。現在、ドイツが支配する全ての石油精製施設が日本軍の核ミサイルの射程に入っている。さらに、日本軍が海峡対岸のイスタンブールを占領すれば、ドイツ本土が直接核の脅威にさらされることになる。

 この中で、ドイツ情報部は南アフリカ東海岸に日本軍の輸送艦隊が集結し始めたことを報告してきた。上陸作戦の準備であることは間違いない。しかし、ドイツ軍参謀本部は現時点で日本軍の進攻地点を特定することはできなかった。スエズ運河を抜けて地中海か、大西洋を北上して米東海岸か、いやドイツ本土か……。


日本軍、バルカン半島上陸(第5ターン)
 ドイツ軍がコーカサスから中東を奪回すべく攻勢作戦を予定していた前日、奇しくも中国大陸で再び抗日暴動が発生した。長春の工場労働者の群れは、その町に住むあらゆる日本人を虐殺し始め、略奪が始まった。
 もちろん、軍部は直ちに部隊を向かわせたが、反対にライフルや拳銃、刀剣、はてはスコップで武装した中国人に撃退される始末だった。
 南西アジア遠征軍の補給線は伸びきっており、危険な状態だった。
 ドイツ軍の作戦開始X日、バクー、マイコプに2つのキノコ雲が生まれた。その地方に展開していたイギリス人義勇兵で編成されたドイツ軍SS装甲擲弾兵軍も油田と運命を共にした。国際世論は日本軍のこの攻撃を厳しく非難したが、軍部は意を介さなかった。これでドイツの持つ稼働油田はルーマニアのものだけとなり、石油生産能力は開戦当初の20%まで低下した。全ての油田を破壊してしまえば、ドイツ軍は戦争遂行能力を失い、降伏を余儀なくされる(敵側の石油の供給が完全に停止させると、戦略的勝利を得ることができるのだ)。
 しかし、ヒトラーは5発の核爆弾を保有していた。

 ドイツ情報部は南アフリカ東海岸から多数の戦闘艦艇と輸送船が出港したことを伝えてきた。「目標ハ地中海。繰リ返ス、目標ハ地中海」
 ドイツの中東奪回作戦を消滅させた日本軍は、バルカン半島のドリン湾に4個軍を奇襲上陸させ、ティラナ(現アルバニア首都)を占領した。美しい艦影を映し出すイタリア艦隊の迎撃は大きな戦果を挙げることはできず、多数の主力艦を失ったムッソリーニの海上戦力は壊滅した。
 日本軍はこの作戦の成功によって、ドイツ軍のイスタンブール要塞を東西から挟撃する態勢に入った。

 同じ頃、ドイツ海軍はというと、ほとんどの艦艇がパナマ運河を越えてラリベルタ、サンロレンソといった太平洋に面する海軍基地に停泊していた。
 ヒトラーはドイツ的な発想にしたがって、世界で最も混雑する水路を防衛する目的から中米のこれらの支配地域を要塞化していた。コーヒー園や綿花、サトウキビ畑が広がるこの地方は、唯一太平洋に面するドイツ軍基地だった。
 年間1万隻以上の船が行き交う全長80kmのパナマ運河は、両軍にとって最重要戦略拠点の一つである。万が一ここを日本軍に奪われると、ドイツ本土と米大陸の海上交通路が遮断され、ゲルマン勢力が米大陸から一掃されることは明らかであった。春の核攻撃で破壊されていたものの、大ドイツ帝国は優れた土木技術と反日アメリカ人技術者、現地の安価な労働力を惜しみなく投入し、その結果奇跡的なスピードで復旧にこぎつけたのだった。
 今回の作戦には、GD装甲擲弾兵軍を含む5個軍が予定され、兵士たちは上陸作戦の訓練に明け暮れていた。はるか大西洋一気に横断し、日本本土を強襲する「意志の勝利」作戦が行われるのだ。
 ヒトラーはこの作戦意図を日本軍に悟られないよう、欺瞞工作の一環として北米で攻勢作戦を開始した。北米大陸から日本軍が一掃されると日本の国内産業が大打撃を受けることから、アラスカの最大の港アンカレジに上陸を意識させるものだった。サン・フランシスコ、シアトルを失い、カナダ領に追いやられた日本軍は、アンカレジこそが唯一の補給基地だったのだ。


「意志の勝利」作戦(第6ターン)
 カスピ海の放射能汚染問題が原因で国際的に孤立した日本は、バクー油田、そしてとうとうプラハ、ミュンヘンといった一般都市に対して無差別核攻撃を開始した。世界中のマスメディアはこの暴挙を一斉に非難し、中国の暴動はさらに各地に飛び火して、南西アジア遠征軍の後方兵站はますます苦しめられることになった。しかし、ドイツをうち負かした後の世界は思うままに操れる、それが大日本帝国参謀本部の考えだった。
 実際、南西アジア遠征軍は優先的に増強され、ロストフ、ヒトラーグラード(スターリングラードが改称されている)まで進出し、ドイツ本土は目前に迫っていた。

 日本軍は近海に接近するまでドイツ艦隊を発見できなかった。太平洋には航空基地や港湾として利用できる島嶼が少なかったためである。日本軍が真珠湾攻撃を成功させた同じ方法で、ドイツ艦隊も日本本土奇襲上陸作戦を成功させた。彼らはハワイの北、すなわち1941年12月に日本軍機動部隊が通ったルートを逆さまに進んできたのだった。
 ドイツ艦隊に対する抵抗は予想されたほど大きなものではなく、日本軍機によるカミカゼ攻撃で若干の損害を出したものの上陸計画に影響を与えるものではなかった。
 しかし、九十九里浜と大隅半島に上陸した計5個軍に対する抵抗は激しいものだった。沿岸配備師団はもちろん、上陸地周辺の一般市民で編成された国民義勇戦闘隊も加わったバンザイ突撃によって、ドイツ軍上陸部隊は3人に1人の割合で死傷者を出した。
 しかし、戦車戦に不慣れな日本軍兵士はマウス重突撃砲の巨大な姿に怯え、新兵器“ヘリコプター”に対して対抗手段を持たなかった。
 この作戦が成功した背景には、またしても<ボンベU>の活躍があった。ヒトラーは、日本海軍の動きを全て見て取るようにわかっていたのである。彼は敢えて日本軍に上陸作戦を行わせ、主力艦艇が本土を離れた隙を狙っていたのだった。
 そして今、ドイツ軍はスエズ運河を核攻撃で破壊し、バルカン半島上陸作戦に参加した日本軍の多数の艦艇を地中海に拘束することに成功していた。


日本本土壊滅(第7ターン)
 「意志の勝利」作戦に参加したドイツ軍部隊には数発の核爆弾が与えられていた。日本本土を核攻撃、それこそがヒトラーの狙いだった。プラハとミュンヘンの報復である。ドイツ軍が上陸した関東平野を除く日本全土と朝鮮半島は、一瞬にして燃え尽きた。数百万の罪のない一般市民がその巻き添えを食った。
 本土核攻撃の報を聞いた山下奉文アフリカ遠征軍改め、欧州方面軍司令官は、張りつめていた糸がプッツリ切れてしまったように見えた。彼はうつむいたまま新たな核攻撃を命令した。
 日本軍は先月、長射程の新型核ミサイルの開発に成功していた。2時間後、それはベルリンに向けて発射された。

 戦局は日本軍が有利と言えた。中東、コーカサスの油田を失い、捕獲修理した北米の2つの油田に依存するドイツ国内の産業基盤はもはや崩れかかっていた。動員に疲弊した労働力の不足も拍車を掛けていた。


エピローグ(第8ターン以降)
 帝国参謀本部はアンカレジ救出作戦によって、北米の残存兵力撤退に成功した。その兵力は日本本土と中国大陸に送り込まれた。この増援によって、ドイツ軍の上陸部隊は壊滅したが、その最後に国会議事堂付近で原因不明の核爆発が起きた。今日でも詳細は明らかにされていないが、ドイツの日本人スパイによる自殺攻撃と噂されている。

 ドイツは、これもドイツ的発想によって、バルト海からイタリア国境まで南北に堅牢な要塞を並べたジークフリート・ラインを形成していた。しかし、いかなる建造物も核兵器の前には為すすべもなく、日本軍はこの世界最強の要塞線を突破した。
 日独両軍は、廃墟となった欧州の町で激戦を繰り広げた。しかし、両軍兵士にもはや守るべきものはなかった。家族も故郷もずっと昔に消滅していた。

 1951年秋、戦争は終わった。しかし、勝者はいなかった。特に欧州西部の損害は想像を絶し、核の冬と言われる厳しい気候の中で人々の生活は困窮を極めていた。
 その後まもなく、シベリアのユダヤ人が独立国家建設を表明し、日本連合から離脱した。中国、朝鮮、インド、アメリカ、オーストラリアなどがそれに続いた。
 1954年、世界は32の国家がそれぞれの道を歩み始めていた。


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更新日 : 2001/12/11 .