サンライズ・オブ・ビクトリー

付録ゲーム『スターリングラード攻略戦』を用いて、東部戦線の第二ラウンドを検証
付録ゲーム『スターリングラード攻略戦』アフターアクションレポート (9号)


『ブリッツクリーク1941』
『ブリッツクリーク1941』は楽しまれたであろうか? このゲームはコマンド・マガジン英語版創刊号の付録ゲームとしてデビューし、日本でも一時は○万円+消費税のプレミアが付いた程の話題作である。
 日本語版ではそれまでの反省を踏まえて、コンポーネントにいくつか改良が加えられている。第一にユニットに初期配置ヘクス番号が記載されて、セットアップに費やす時間が大きく短縮された。オリジナル版でプレイされた方の中には、筆者のように地図盤に直接部隊名を書き込んだ例も少なくないだろう。第二にオリジナル版では二個しかなかったOOSマーカーがたくさん加えられた。これも非常に有効な改良である。この他に個人的ではあるが、戦車のシルエットだった両軍の機械化ユニットが兵科マークになって、大きな喜びを感じている。やはり、ゲームはこうでなくてはいけない。
 実際にプレイして見ると、筆者はエポック社の『失われた勝利』と同じような緊張の糸が張りつめる雰囲気を感じた。読者の皆さんはどうだろうか?

タイ・ボンバ氏の東部戦線シリーズ
 タイ・ボンバ氏は『ウエストウォール』というブラインドシステムの一九四四年西部戦線ゲームでデビューを果たし、『コマンド・マガジン英語版』の創刊と『ブリッツクリーク1941』で一躍有名になったわけが、それ以前からSTRATEGY&TACTICS誌で『TIGERS ARE BURNING』(一九四三年八月から一九四四年五月までのウクライナキャンペーンのミニゲーム)と『FORTLESS STARINGRAD』(一九四二年のソ連軍冬季攻勢のゲーム)を発表して、高い評価を得ていた。どちらのゲームルールも基本的には『ブリッツクリーク1941』『サンライズ・オブ・ビクトリー』と同じTABシステムを採用している。
 現在はコマンド・マガジン英語版で、アントライド(戦力未確認)システムを採用した『PROUD MONSTER』『DEATH&DESTRACTION』と言った新路線の東部戦線ゲームの発表している。機会があれば、一度プレイして頂きたい。

そしてサンライズ・オブ・ビクトリー
 『サンライズ・オブ・ビクトリー』は『ブリッツクリーク1941』の続編としてコマンド・マガジン英語版の第三号で発表された。史実に充分対応するためか、ルールは前作に比べてかなり繁雑になっている。
 今回はこのゲームのシナリオ・“キャンペーンゲーム”をプレイする。ただし、このゲームは少しおかしいところ  ソ連軍の初期配置に関する点  がある。これはコマンド・マガジン英語版六号に掲載されて明らかになったもので、ゲーム開始直後のドイツ軍通常攻撃フェイズで北方で一一個(この中にはショックアーミーが三個も入っている!)、南方で(戦略的撤退の特別ルールがあるにもかかわらず)五個以上のソ連軍ユニットが包囲されてしまうのだ。これはソ連軍の全兵力の二五%以上である。そして、この包囲網は非常に頑強で、いかなる赤軍兵士でも破れそうにない。これではソ連軍に勝算はまったくない。読者の皆さんも一度お試しあれ。ドイツ軍ユニットをルジェフとイリメニ湖北岸から四五〇九を目指して戦闘後前進させてみるとどうなるか…。
 結局のところ、今回は特別ルールなどは設けず、この“ルジェフ・ポケット”作戦は“禁じ手”として封印されることになった。

ドイツ軍の作戦
 初期配置はソ連軍は前述のようにヘックスを指定されているが、ドイツ軍はフリーセットアップ(中小同盟国には制限あり)である。
 戦略を決定する上で、まずは勝利条件の確認をする。VPはモスクワ、レニングラード、スターリングラードの各都市を完全補給状態のドイツ軍ユニットが占領すると二VP、それらの都市に隣接、もしくは地上補給線を引けないドイツ軍ユニットが占領すれば一VPを得る。この他にマイコプ、グロズヌイ、バクーの三油田地帯をすべて占領した場合も一VPを得る。第六ターンの勝敗判定時に四VP以上ならばドイツ軍の勝利。二〜三VPならばプレイ継続、一VP以下ならばソ連軍の勝利である。ドイツ軍がゲーム前半で勝利するためには上記の三都市のうち、どれか一つは占領しなければならない。
 その中で、最も攻略しやすいのはレニングラードである。なにも驚くことはない。ラドガ湖に沿って進撃すれば、いとも簡単にレニングラードを補給切れにできるのだ。ドイツ軍主力がこの方面で装甲部隊を投入、本格的な攻勢を開始すればソ連軍に為す術はない。しかし、誰が一九四二年のドイツ軍夏季攻勢のゲームでレニングラードの攻防戦を期待しているのだ?
 反対に、三都市の中で最も攻略が困難なのがモスクワである。ここを正面から攻めるのはまったくの愚策である。完全な直接アプローチとなってしまい、ドイツ軍は間違いなく勝ち目のない消耗戦に引きずりこまれる。それでは背後から…と思われるかもしれないが、あいにく装甲部隊はモスクワ周辺の深い森によって、自慢の足を披露できない。『サンライズ・オブ・ビクトリー』では『ブリッツクリーク1941』とは違い、どの都市を陥としても二VPである。もはや、モスクワにこだわることはない。
 こうなると、やはりスターリングラードである。独ソ戦のターニングポイントとなったソ連軍最高指導者の名の付いた街を速やかに(と言っても速やかにできるとは思わないが)制圧する。チャンスがあればコーカサスへ向かう。この辺りは障害となるのはドン河くらいのもので、装甲部隊にはもってこいの場所である。たしか、ヒトラーも“青”作戦でA軍集団をバクーまで進出させると言ってのけたはずだ。機動によってのみ勝利が生まれるのだ!

アフター・アクション・レポート
 読書の方々に実際のプレイで参考にしていただくために、ドイツ軍の初期配置を別表に掲載している。一一個の装甲部隊は北方に一個、中央に三個、南方に七個とした。ゲーム開始時に指定されている装甲部隊のステップロスは半分以上を中央軍集団所属のものに適用した。

第一ターン(一九四二年六月/七月) ドイツ軍通常攻撃フェイズ
 太平洋で日本軍が惨敗を喫したミッドウェー海戦から数週間後、今度は世界最強の軍隊と世界最大の軍隊が決着をつける時が来た。舞台はウクライナ。戦車兵力で圧倒しているドイツ軍に勝機は充分にあった。しかし、その前に大きく立ちはだかる者がいた。その名はゲオルギー・コンスタンノビッチ・ジューコフ。ソ連軍の英雄である。
 南方でスターリノとドネツ河の間、クルスクの南、オリョルの東の三ケ所で突破をはかる。ソ連軍部隊はまともに戦おうともせず、全力で東に撤退していく。装甲部隊は難なく戦線を突破。それは一九四一年の夏を彷彿させた。ボロネジとミレロヴォを占領、一部の部隊はドン河西岸まで辿り着く。この時点で、ソ連軍五個軍を飲み込んだ大包囲網の形成に成功する。オリョルの東でも、部隊をトゥーラを脅かせる位置まで進める。 中央でもソ連軍を撃破、ルジェフ北部に突出していたソ連軍占領地を奪還する。次ターンの反撃(ソ連軍の攻勢に不可欠な補給ユニットはこの方面に配置されている)を警戒して防御ラインを二線にしている。
 北方でも、空軍の強力な支援を受けてヴォルホフ河の渡河に成功した。
 オリョル以北の攻撃は副次的なものであるが重要である。これらの方面に圧力をかけることによって、南方に派遣されるソ連軍部隊を少しでも減らさなければならない。前号では鹿内靖氏が執筆されたアフター・アクション・レポートで“欺瞞や陽動の必要性”に関して言及しておられた。当時のソ連軍大本営も、この年のドイツ軍の主攻勢はモスクワを目指すものと考えていた(実際には、一九四二年のドイツ軍の攻撃計画にモスクワという文字はなかったのだが…)。それらのことを踏まえて、装甲部隊をただがむしゃらに南方に突進させるのではなく、チャンスがあればボロネジから北に向かうぞ!と見せかけることも必要だろう。

第二ターン(一九四二年七月/八月)
 ソ連軍は崩壊した南方戦線を取り繕ろうと苦心する。エレメンコも今頃はスターリングラードに飛び、フルシチョフと握手していることだろう。ロストフの一個軍以外はドン河以東に撤退、増援の二個戦車軍も駆り出して、トゥーラからドン河沿いにスターリングラード前面までずらりとユニット並べてきた。義勇軍と要塞はスターリングラードに配置された。スターリンの街は大忙しのようだ。
 しかし、こんなことでドイツ軍の進撃は止まらない。南方での攻勢を継続する。オーバーランで戦線を突破、後背に回り込んで次々とソ連軍部隊を吹き飛ばす。このターンもソ連軍五個軍を包囲した。おぉ、これこそ「アート・オブ・ウォー」だ。お手本のような攻撃に酔いしれてしまう。装甲部隊はタンヴォフを占領してコーペル河西岸まで進む。
 これとは別に装甲一個軍団をもってサルスクを占領、コーカサスへの色気を見せる。また、この町はスターリングラードを南から攻撃する際の補給源にもなる。
 ルジェフ突出部での攻勢も成功、完全にソ連軍を押し戻した。ただし、チフヴィン西の湿地帯への攻撃は失敗、多大な損害を受けてしまった。

第三ターン(一九四二年八月/九月)
 サルスク占領に刺激されたソ連軍はトルコ国境に配備していたユニットをそれぞれグロズヌイ、バクーに向わせた。モスクワとスターリングラードも後背に回り込まれないように、移動力を計算してユニットを配置してきた。
 中央ではヴィヤジマがカチューシャの支援を受けたショックアーミーを含む六個軍で攻撃され、陥落した。
 ドイツ軍はロストフの一個軍を降伏させ、返す手でドン河沿いに配置されたスターリングラード前面のソ連軍部隊を駆逐していく。接敵しないと話にならない(VPが入らない)ので、防御が充実しない早いうちに行動を起こすことにした。これらの攻撃の一部はルーマニア軍と共同なので、装甲部隊にも多少の損害が出てしまった。
 一方、前ターンに戦略移動させていたセバストポリの守備隊を南方へ展開させた。油田地帯を目指し、ルーマニア軍の装甲部隊を無人の荒野を南へ走らせる。ハンガリー軍にもマイコプ、クラスノダルを占領させる。

第四ターン(一九四二年九月/十月)
 ソ連軍が補給ユニットをRVGKへ引き揚げ、攻撃兵力もトゥーラ周辺に集結し始めた。
 スターリングラードもどんどん背が高くなって、直接攻撃では難攻不落になってしまった。このため、ドイツ軍は小考の末にソ連軍狙撃兵二個軍が守備するサラトフ攻略に乗り出した。スターリングラードの後背に回り込むための補給源を確保するのである。スターリングラードに接敵していた装甲部隊のほとんどと若干の歩兵部隊に、ボルガ河を溯るよう命令を出す。これに呼応してスターリングラード南方のルーマニア軍が戦線を押し上げさせる。
 この頃から、大きく膨らんだ戦線がドイツ軍プレイヤーの頭を悩ませ始める。もはや、カスピ海と黒海の間に戦線は存在しない。
 中央ではトゥーラを攻撃するが、充分な損害を与えられなかった。ここを取っておけば、オカ河沿いに戦線を維持できたのだが…。

第五ターン(一九四二年十月/十一月)
 このターンに天候が急変した。ぬかるんだ大地が装甲の足を奪うのを待っていたかのようにソ連軍は補給ユニットをトゥーラに配置、すかさず攻撃を開始してきた。一時はオリョルの目前まで突破されるが、続くドイツ軍の攻撃で撃退に成功する。ドイツ軍もルジェフ地区から大急ぎで装甲二個軍団を抽出、トゥーラ地区へ戦略移動させた。
 サラトフを占領したドイツ軍はこの地区からボルガ河を渡河、スターリングラード背後の湿地にいるソ連軍二個軍を攻撃する。スターリングラードの包囲の輪は確実に小さくなっているものの、ドイツ軍もかなり苦しい状況にあった。特にモスクワ〜スターリングラード間はイタリア軍とルーマニア軍の歩兵でなんとか戦線を維持しているだけで予備どころの話ではない。ただし、サラトフを奪ったおかげで、ソ連軍がこの地区から反撃してくることはないだろう。

第六ターン(一九四二年十一月/十二月)
 とうとう、ロシアの厳しい冬がやってきた。ソ連軍は新しい補給ユニットをスターリングラードに配置した。そして、このターンが独ソ戦の転回点となった。
 トゥーラ地区でカチューシャに支援された戦車軍によって戦線を突破されてしまったのだ。ソ連軍は戦果を拡大しようと後続部隊を次々と送り込んでくる。そのほとんどはここ最近変換されたばかりの機械化部隊である。ソ連軍のプレイヤーターンが終わった時には歩兵二個軍団が撃破され、装甲一個軍団を含んだスタックが包囲されていた。
 この部隊を救出するためにドイツ軍は果敢にも反撃を開始する。戦力を抽出するためにモスクワ以北の戦線からかなりの数のユニットが戦略移動させられた。そして無事、包囲網は解けた。
 この時点でスターリングラード攻略部隊の中から、装甲二個軍団を戦略移動でコーカサスヘ向ける。時期を逸した感は拭えないが、エーデルヴァイス作戦の発動である。この地区で圧力をかけてソ連軍ユニットの分散をはかりたいのだが…。

 このターン終了時に勝敗の判定が行われた。ドイツ軍はレニングラードとスターリングラードにそれぞれ隣接しているので、合計二VPを獲得している。ゲームは継続された。

第七ターン(一九四二年十二月/一九四三年一月)
 クリスマスがやってきた。スターリングラードはソ連軍が支配している。しかし、それでよかったのかもしれない。当時、スターリングラードでソ連軍の包囲下にあった第6軍のクリスマスパーティーはパン一五〇グラム、肉七五グラム、バター三〇グラム、コーヒー三〇グラムと言ったものだったのだから…
 スターリンのプレゼントはカチューシャと狙撃兵一個軍だった。前ターンの補給ユニットに続き、それらはスターリングラードへ運ばれた。そして、最も南にいたルーマニア軍にもプレゼントが贈られた。カチューシャとT−34の砲弾だった。ルーマニア軍の歩兵二個軍団がいかにもあっさりと壊滅した。
 トゥーラ地区の攻勢も激しい。ソ連軍のスチームローラーがまっすぐボロネジに向かって南下してくる。しかし、ブレーキがかからない。すでにこの地区での戦車兵力比は逆転し、両軍の空軍戦力も互角となっている。ソ連軍はボロネジまであと三ヘックスに迫っている。
 ソ連軍は全戦域から合計四ユニット(もっとも、プレイ中は“戦場の霧”によって数を確認できなかった)をRVGKに引き揚げた。きっと油田地帯に配備されるのだろう。 ドイツ軍は戦線を大きく縮小することを余儀なくされた。ボルガ河にあった戦線をコーペル河付近まで下げる。スターリングラードの包囲も諦めるしかなかった。もはや為す術はない。

第八ターン(一九四三年一月/二月)
 ソ連軍の攻勢はドイツ兵の血を吸うごとにますます強力になってくる。カチューシャと戦車軍、ショックアーミー、そしてそれを支援する多数の狙撃兵軍が一丸となって、ソ連軍の“冬の嵐”が猛威を振るう。スラブ人たちはとうとうドン河を望むところまで進出してきた。
 千年帝国の夢はこのまま崩壊してしまうのだろうか? A軍集団が向かったグロズヌイには、ソ連軍の狙撃兵三個軍が待ち受けていた。
 しかし、悪いニュースばかりではない。待ちに待っていたラウスとSS装甲師団が到着した。SS装甲師団は三ユニットともスターリングラード地区の最前線に送り込む。これらは二ユニット単位でしかその効果を発揮しないので、もったいないと思っても一戦区に固めて投入した方がよいだろう。

第九ターン(一九四三年二月/三月)
 トゥーラ地区のソ連軍は機械化部隊をボロネジの北からその東側へスイングさせてきた。ここは脆弱なイタリア軍戦区で、突破に成功すればドイツ軍主力の背後を脅かすことができる。どうやらボロネジを東西から挟撃するつもりらしい。
 一時はもう少しで包囲に成功したスターリングラードであったが、今では正面こそ強力な装甲部隊が布陣しているものの両翼は一ステップしかない、そして戦闘に不慣れなルーマニア軍である。
 ドイツ軍は増援で空軍マーカー二枚を受け取り、ロシアの空は再びドイツ軍のものになった。この増援により、空軍戦力比は六対三になったのである。しかし、状況は好転する気配はいっこうにない。焼け石に水である。
 部隊の損耗の激しさに耐え切れず、少し早いかもしれないが戦略的な撤退を敢行することにした。新しい防衛ラインはボロネジ〜ロストフの線でドン河、ドネツ河を利用するが、その構築には二〜三ターンはかかるだろう。次のターンにはイタリア軍が本国へ撤退してしまうので、ドイツ軍の台所事情はますます悪化してくる。時期を逃すとスターリングラード地区にいるユニットがドン河屈折部で包囲される可能性もある。マインシュタインの“バック・ハンド・ブロー”を再現するための予備戦力を抽出すると言う目的もある。

 このターン終了時にも勝敗判定が行われたが、両軍ともその条件を満たすことはできなかった。再びゲームは継続された。

その後…
 一九四三年春にもなると、舞台はソ連軍の独壇場である。しかし、ドイツ軍は最小限の損害で南方での撤退に成功する。ドイツ軍から取り残されたスターリングラード地区のソ連軍部隊はその戦力をスモレンスク地区に再配備し、新たな攻勢を企図する。
 ボロネジをめぐる戦闘は両軍に甚大な損害をもたらしたが、その街は第十一ターンに再びソ連軍の手中に帰った。彼らの次なる目標はクルスクだった。
 一九四三年初夏、電撃戦を展開したのはソ連軍だった。ドイツ軍はクルスク地区での戦車戦を放棄し、あくまでも防御に徹した。しかし、その甲斐もなくスモレンスクが陥落する。
 一九四三年秋、ビテブスクをなんとか守り切って東方防壁が機能し始めると、ドイツ軍は機動防御から陣地防御へと移行する。ドニエプル河〜東方防壁のラインはかなりの地形効果が期待できるので、ソ連軍の攻撃を大きく抑止できる。
 このターン終了時の勝敗判定では、ソ連軍はスモレンスク、ハリコフを占領していたが、スターリノはまだドイツ軍のものだった。完全包囲下で激しい攻撃を受けていたが、一ステップだけがまだ街を死守していたのだ。
 結局、ゲームは最終ターンまでもつれこみ、勝利条件の上ではドイツ軍の勝利となった。

プレイ後に…
 前作の『ブリッツクリーク1941』よりもボリュームアップした作品である。プレイタイムも相当な時間が必要である。後半から始まるドイツ軍の絶望的な防衛戦が足枷となり、実際のプレイにはかなり高い士気(特にドイツ軍プレイヤー)が必要になるだろう。 ディベロップはよくされているようで、ゲームとしての完成度は高い。ただ、最初に書いたようにシナリオ・“キャンペーンゲーム”で、ソ連軍の初期配置に欠陥があるのも事実である。一番よい解決方法は、ソ連軍の初期配置もフリーセットアップにすることである。後方に配置されるユニットは今まで通りヘックス指定のままで、最前線のヘックス列(四九〇九〜二六一〇)の中だけで行うとよいだろう(ただし、フリーセットアップのヘックスには一ユニットは必ず配置しなければならないと言う条件を付帯することが必要)。こんなことをすればプレイバランスが崩れると思うかもしれないが、心配は無用である。ソ連軍が守らなければならないところは決まっており、自由に配置できるユニット数も限られている。ソ連軍プレイヤーがどんなに巧妙に配置しても、必ず弱いところができる。ヒストリカル性は失われるかもしれないが、第一ターンに多数のユニットが包囲されるようなことはなくなるだろう。
 ドイツ軍の視点から見て、サラトフ占領はよい作戦だったと思う。今回のプレイではスターリングラードは攻略こそできなかったが、あと一歩であったし、この街を奪えばクロズヌイ、バクーへの進撃も非常にスムーズに行ったことだろう(ただ、バクーが陥落するとはとても思えないが…)。また、ソ連軍のウラヌス作戦を実質的に不可能にしたのも、この都市の占領によるものではないだろうか。
 読者の皆さんも、少なくとも一度はプレイして頂きたい。“ボンバ・ワールド”を堪能できること間違いなしである。シミュレーションゲームの永遠のテーマの一つである“東部戦線”。なんとも心を打つ響きではないか。 

戻る


ホーム

 
更新日 : 2000/08/17 .